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毎年 この季節になると行きます。 約30種類のシクラメンを栽培している 農家さんです。 初日だったので色とりどりのシクラメンの 数に圧倒されました。 8鉢も買ってしまった。 ずっとここにいたい気分・・・。 ...

2015 第84回日本音楽コンクール声楽部門 本選会に今年も行ってみた。 今年はオペラ部門。 1970年代生まれの方がいなくなり 1980年~1990年生まれに少しずつ 世代交代している気がする。 結果です。 1位2位の城さん工藤さんのタイプの違うテノールを 聴けて良かったです。 城さんは喉の強さを感じる明るく華やかなテノール。 工藤さんは高校の時バリトンでしたが 大学で転向されたのですね。 岡田さんも圧倒的な声量、言葉もはっきり聴こえ 素晴らしかったです。 工藤さんのプッチーニを聴いて 涙が出ましたが もちろん演奏が素晴らしかった のもあるけど 多分それだけではないと思う・・・。   ...

10月15日に「ラインの黄金」を聴きに 行ってから体調を思いっきり崩した。 ・・・というか帰宅途中ですでに 身体がだるく、喉の痛みもあり 完全に風邪をひいた。 ワーグナーのせいではないと思うのだが 圧倒されて体調にまで影響するとは。 やっぱりオペラは気分が晴れやかに なるのがいいな・・・。 神々のエネルギーにやられた 4日間であった。 ...

ワーグナー作曲「ラインの黄金」を聴きに行ってきた。 映像での鑑賞。 1990年 メトロポリタン歌劇場でライブ収録されたもの。 最近の新演出では味わえない重厚さを感じる。 内容は伝説や神話を下敷きに神々がたくさん出てくる。 しかしイメージする神々と違い 確執 権力への執着 呪い 愛 憎悪 終末 救済 自己犠牲などが生々しく連綿と綴られる。 音楽も延々と続くので 聴衆の拍手を 拒む ワーグナーの鼻っぱしの強さを感じる。 舞台もずうーっと暗い。 「犬神家の一族」みたいだ。 (例えがイマイチ) と言う訳で 今日はワーグナーの構築する世界が 重すぎて疲労感を感じて帰ってきた。 ラインの黄金はニーベルングの指環の序夜を飾るオペラ。 全部の上映時間は15時間❗️ ムリムリ・・・・ 壮大過ぎ。。 ワグネリアンの皆様、すみません。🙇 ...

志木市 朝霞市 新座市 狭山市の生徒さんが 多く通っているピアノ教室です。 桜もそろそろ散り始めた。 早いもので 次男の入学式から 一年が経とうとしている。 あの怒涛の受験期から やっと解放された 次男は 今時の若い人らしく 遊び、学び、バイトをして 残り少ない青春を「謳歌」している。 ところで次男はS台で英語 国語を 教えているのだが そこの生徒さんの一人が 今回の受験で 桜がしっかと咲きましたぁ。 「おめでとうございます!」 嬉しいね。 しかも 次男と同じKO大学だって。 「先生のサークル入りたいです!」 とLINEがきたらしい。 本人は「先生から先輩になるのかぁ。 感慨深いなぁ・・・」 としみじみしていた。 他の生徒さん方も志望校入れたし S台からは ”お手当アップ” の通知がきたし。 次男はついてるなぁ。 ...

朝霞市 志木市 新座市 狭山市の生徒さんが 多く通っているピアノ教室です。 「鬼が笑う」の覚悟で来年の話し。 発表会の会場の抽選に行ってきました。 毎年 神様から仏様 果てはご先祖様にも 祈りまくって  抽選会場に出撃するのだが 今回もめでたく当たりましたぁ! これで肩の荷の3分の1はおりた。 会場の外に出たら 桜が満開・・・。 「良かったね」だって。   ...

志木市 朝霞市 新座市 狭山市の生徒さんが 多く通っているピアノ教室です。 先日・・・とあるコンクールの審査に行ってきた。 習い始めて1~2年の小さいお子さんから  プロを目指す大学生まで 2日間にわたり予選から本選 と審査した。 「音楽は競争ではない」という意見も確かにある。 受けてみると分かるのだが  コンクールは他人との競争ではない。 あくまで自分との対話なのだ。 学校では学習の進度を確認するために定期試験、 ならばピアノは? 確かにコンクールを受けるための準備は大変。 しかしそれがないと目標がない、という生徒さんもいる。 自分が今どのレベルにいるのか、立ち位置を知る。 コンクールに参加する事で 音楽には様々な感じ方、 演奏法(伝え方)がある事を知る。学ぶ、上手くなる、 という点では良い機会だし近道でもある。 しかし人にはそう思えるタイミングというのもある。 機が熟すのを待ってあげるのは指導者には必要だと思う。 何がなんでもコンクール、とは思えないのは やはり本人の気持ちの成熟がコンクールには 是非とも必要、と思うからだ。 今回のコンクールも「どうしても受けたい!」という方 がほとんどではあったのだが 「勧められたから」 「それほど・・・」という方もいた。 残念ながらそう思われる演奏だった、 という事なのだが。 いえ、もしかしたら 過度の緊張から 思い通りに演奏ができなかったのかも。 何人か「また聴きたい!」という素晴らしい演奏を 披露してくれたコンテスタントがいた。 真摯にピアノに打ち込む姿に会場から溜息がもれた。 気になった点が3つほど。 選曲について。 参加者があと3年勉強すれば弾けるかもしれない という曲を あえてコンクールでチャレンジするのは 危険だ。多分 「~の曲を弾きたい!」という生徒 さんの気持ちを(やる気スイッチオンを期待して)最優先 した結果だと思う。指導する側としてその気持ちはわかる。 しかしその年代 その実力 そのキャリアにマッチした 曲は他にもあるはず。 演奏が進む中、生徒さんの意向を優先させたデメリット が明らかになってきた。選曲のための説得は 結果的には 生徒さんのためになるのでは・・・。 そのためには日頃からのコミュニケーションが必要 だろう。 2つ目は その曲が作曲された時代の歴史的背景、楽器、様式感 アナリーゼ(つまりテクニック以外の)などの指導が されているか、そうでないかが コンクール という場所ではあからさまになるな、と。 指導する側も襟を正して勉強しなくっちゃね。 と自分自身そう思えた。 3つ目、小さなピアニストに何人かいたのだが ステージ上で御父兄?が足台をセットしている間、 完全に客席側にお尻を向けて セットが終わるまで じっと立っている、光景。 「客席にお尻を向けない」というマナーを 知っているのとそうでないのとは 演奏に対する 客席側の印象も変わるのだなぁ。 「未来のピアニスト」に愛をこめて。 コンテスタントが精一杯頑張っている姿は美しい。  今回出会えた参加者が また違う場所で  更なる磨かれた演奏をしてくれる 事を祈って 今日の長文はオシマイ!! ...